僕たちは舞台『SAMAEL』をどう鑑賞すればいいのか?

何がすごいのかよくわからないぐらいすごい作品

サステナクリエーションファミリー、第四回公演『SAMAEL』を観てきた。

サステナクリエーションファミリーとは?

劇作家・演出家・俳優の一ノ瀬京介が代表を務めるクリエーションファミリー。
《感動を文化へ》《非日常を日常へ》を、テーマに2016年より活動を開始。

演劇xダンスx生演奏の新しい可能性を追求する、スピーディーでパワフルで躍動的なカンパニーである。

この一ノ瀬京介という男は何を隠そう、僕の兄である。兄の作った舞台を観に行くというのは、なんともおもはゆい気持ちになるが、「家族フィルター」を外した眼で観ても、一ノ瀬京介という『才能』には毎回舌を巻く。

今作は、代表自ら『今までで一番の出来』と豪語するほど、脚本・構成・俳優・演出・音楽・踊りどれを取っても非常にクオリティーの高いものだった。

しかし、今作を観た観客は少なからずこう思ったはずである。

「とにかくすごかった。すごかったけど、何がすごかったのか自分でもよくわからない。」

少なくとも僕の妻はそう言っていた。気持ちはわからなくない。その感想を言葉でアウトプットしようと思うとなかなかハードルが高い。

僕も「何を感じたのか」をこうして文章にまとめられるまでは少し時間を要した。このレビューが今作をみた人にとっての頭の整理になれば幸いである。

※ここからネタバレも含むので、まだ観ていないという方はぜひご覧になってから読まれることをオススメする。

正義とは何か?悪魔は誰か?

引用元:ヤフオク

ところでみなさんは、ノーベル賞がどのような経緯で作られたものであるかご存知だろうか?

ノーベル賞の源泉は実は創設者の「アルフレッド・ノーベル」の懺悔の念からできている。

ノーベルは発明家の父の元、少年時代から爆発物の研究をしていた。当時は不安定で使い物にならなかったニトログリセリンを安定化させた「ダイナマイト」で特許を取り、巨万の富を築いた人物である。

ノーベルは当初、この発明によって戦争がなくなると思っていたらしい。

おそらく私の工場は議会よりも早く戦争に終止符を打つだろう。その日、両軍の部隊は一瞬でお互いを殲滅させる力を手にいれる。あらゆる国民国家が恐れおののき、軍隊を解体するにちがいない(引用元

しかし現実は違った。ダイナマイトは瞬く間に軍事利用され、結果的に多くの人の命を奪うことになった。

ノーベルは自分が良かれと思って作った発明に、自らの首を締められることになってしまった。

そんな事例をもう一つあげよう。ライト兄弟だ。

ライト兄弟はご存知の通り、有人飛行に初めて成功した。そのサクセスストーリーは今でも多くの人に語り継がれている。

しかし、その負の面を耳にすることは少ない。兄のオーヴィル・ライトは死の直前にこう語っていたという。

私たちは浅はかにもこの世に長い平和をもたらしてくれるような発明をと願っていました。ですが、私たちは間違っていたのです。(引用元

広島と長崎に核兵器を落としたのは、飛行機である。飛行機の発明もまた、多くの人に豊かさをもたらし、そして多くの人の命を奪うことになった。

◇◇◇

さて、ここで一つ疑問が残る。

ノーベルやライト兄弟ははたして悪魔だろうか?正義だろうか?彼らのしたことは善だろうか、それとも悪だろうか?

この問いこそ、この作品を横軸に貫くテーマである。

spiさん演じる天才科学者オキソは、メサイアという世界中の食料問題を解決する奇跡の化学物質を発明することに成功した。

その恩恵を受けて多くの企業が利潤を生み、多くの人がこの利益を享受し、計り知れないほどの経済が動いた。そしてその効果は軍事的にも利用価値があると認められ、国防がメサイアの軍事利用にも乗り出した。

しかし、メサイアには毒性があることが判明し、実際に何人もの命を奪うことになってしまう。

果たしてオキソのしたことは悪魔の所業だったのだろうか?彼は殺人鬼なのだろうか?それとも正義の救世主なのだろうか?この問いに明確に答えられる人間はおそらくいない

個人の幸福の最大化 VS 全体の幸福の最大化

社会的ジレンマ、という言葉がある。

社会的ジレンマとは、社会の中でそれぞれの個人が協力的か利己的かを選択できる状況で、個人にとっては合理的で利己的な選択を行った場合に、社会にとっては非合理的な悪い結果になってしまうといった状況を表したものです。(引用元

「みんなが協力すればみんながそれなりの利益を得る」とわかっているという状況でも、「自分だけが得をして他が不幸になる状況」が目の前にあると、「他の奴が裏切るかもしれない」という疑惑が生まれ、「だったら自分だけ得した方がいいのでは」という思いになり、結果的にみんなが利己主義に走ってしまう

税金の問題、企業の価格競争、ビジネスにおける交渉など、色々な局面でこの社会的ジレンマが発生している。

個人が合理的に考えて得だと思える判断をすると、社会全体は結果として不利益を被ることがある。僕たちは常に個人の幸福の追求と社会全体の幸福の追求の間で選択を迫られている。

オキソの組織した『サマエル』という秘密結社の目的は、幸福の最大化だった。

例えば、ローレンシウムはメサイアの普及のため、カルボンは投資をし資本を増やすため、ベンゼンは自分の会社の事業拡大のため、トリアゾールは自分の書きたい小説を書くため、、、などなど13人のメンバーはそれぞれ、最終的には『個人の利益を追求するため』にサマエルへ加入することを『自分で選択した』

そしてさらには、そのメサイアの恩恵に預かっていた国に住む国民も、企業で働く従業員も全員「個人の利益を追求するために」メサイアを歓迎していたのである。そういった意味でメサイアはその名の通り多くの人にとって「救世主」だった。

ところが、メサイアに毒性があるとわかった途端、メサイアに恩恵を受けていた人たちには全員不利益がもたらされた。

さて、ここでもう一つの問いだ。

メサイアの起こした事件の責任は、サマエルのメンバーだけが負わなくてはいけないものだろうか?メサイアを受け入れるという選択した人間に、非はなかったのだろうか?

ダイナマイトは?飛行機は?それは発明された時に歓喜した人たちには、それによってもたらされた負の側面の責任を追う必要はないのだろうか?

もし、今使っているスマホから発せられている電波に毒性があることがわかったら?僕らは誰を責めたらいいのだろうか?国か?企業か?電波の発明者か?それともそれを喜んで受け入れた自分自身か?

個人の幸福の最大化と社会全体の幸福の追求は矛盾してしまう。

これが、この物語の縦軸に走っているもう一つのテーマである。

奇跡の化学物質『メサイア』は何を「救った」のか?

 

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観劇中、こんなことを思った人はいないだろうか?

オキソが最後なぜあのような行動に出たか、結局わからなかった

実はその答えは舞台の終盤、オキソが1人歌うシーンにある。英語の歌詞のためその意味がわからなかった人には、オキソが何を歌っていたのか、よくわからなかった人もいただろう。

開演前に配られた歌詞の和訳からその一部を抜粋する。

ひとすじの光を求めてぼくは旅に出た 
進んでも進んでも見つからない気がした

暖かな暖炉のような
柔らかな毛布のような
そんな優しさみたいなもの
探してみたいと思っていたのだろうか

(中略)

僕は孤独な悪魔
誰にも心を悟らせない
どんなに明かりをもらっても
闇が覆い尽くしてしまう

でもひとつだけ願いがあるとすれば
カケラをくれたアイツがこっちへ来ないこと

受け取れなくてごめん…
暖炉のそばは暖かかったよ

歌のタイトルは「孤独な悪魔」。

オキソはずっと孤独で闇を抱えていた。だからこそオキソは仲間を求めた。

その孤独を暖めてくれていたのがローレンシウムであり、そして光を見せてくれたのはサマエルに集ってきたメンバーだった。

しかしオキソはその天才さゆえに、自分の抱えている孤独が最終的に癒されることがないことを知っていたのだと思う。

メサイアを発明した時にすでに「メサイアの悪用」を想定していたオキソは、メサイアの内包する負の可能性に気づいていたのではないだろうか?(なぜならこの世の中は社会的なジレンマを抱えているからだ)

だからせめて「カケラをくれたアイツ(つまりローレンシウムのこと)」が「こっち(孤独・闇)」側に来ないように、メサイアの軍事利用のことを彼には話さなかった。

オキソは最初から知っていたのだ。「どんなに明かりをもらっても、闇が覆い尽くしてしまう」ことを。それがオキソの抱える孤独の正体だった。

物語の最後にオキソはこう語る。

「メサイアは、僕を孤独から救ってくれた救世主だった」

オキソを孤独から唯一救うことができた存在、それがメサイアだったのかもしれない。そして再びオキソを孤独という闇に引き戻したのもメサイアだった。なんとも「救われない」話である。

神の毒「サマエル」がもたらしたもの

その名は「神の毒」、「神の悪意」の意味をもつ。赤い蛇と呼ばれることもある。

サマエルは謎が多く、元々はローマの守護天使、火星の天使、エデンの園に棲んでいた蛇など、様々な説がある。そのため、カマエルサタンと同一視されることもある。(Wikipediaより

以上がこの物語を覆うテーマである。この物語を観て、観劇者が何を感じるかは人それぞれだと思う。

絶望を感じる人もいれば、希望を感じる人もいるかもしれない。人の絆の大切さを認識した人もいれば、人の醜さを認識した人もいるかもしれなし。

冒頭にも書いたようにその感情は複雑に絡み合っており言葉にすることは難しい。

この劇を観終わったあなたはきっと、自分自身の煮え切らない思いと格闘しているに違いない。僕もそう、感情の着地点が見当たらない。

その煮え切らない思いは、人間の高度な知恵によって生み出されている。

知恵を持っているからこそ人は悩み、葛藤する。

そしてその知恵はエデンの園にいる蛇によってもたらされたものだ。

僕ら人類はその進化の過程で唯一「知恵」という「毒」を食べた生物である。

メサイアの毒に苦しめられているのは劇中の人物たちだけではない。僕らもまたサマエルのもたらした毒に侵されているのである。

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