SEKAI NO OWARI 『サザンカ』の歌詞に込められた本当の思いは、MVを観るとよくわかる

SEKAI NO OWARI 『サザンカ』とは

平昌オリンピックの公式テーマソングに選ばれた、SEKAI NO OWARI の『サザンカ』。TVなどでも頻繁に流れていたので耳にしかことがある人も多いのではないかと思います。

山茶花の花言葉は、「困難に打ち勝つ」や「ひたむきさ」 であり、まさに夢を追う人に送る歌のタイトルとしてはぴったりです。公式のコメントでも

夢を追いかける人、その側で見守り続ける人たちの物語を歌に出来たらと思い、今回の楽曲を制作させて頂きました。オリンピック・パラリンピックに挑戦する選手たちや応援している方々に、この曲がそっと寄り添うことが出来たら光栄です。(「SEKAI NO OWARIの新曲“サザンカ”2月発売 NHK平昌五輪テーマ曲」)

このようにコメントされています。僕はこのコメントの中の「その側で見守り続ける人たちの物語」というところに、すごく意味があるなと思いました。

これまでもオリンピックのテーマソングでは、ゆずの「栄光の架橋」やミスチルの「GIFT」などのいくつもの名曲がありますが、基本的にはどの曲も「その夢を追っている人」にフォーカスを当てた歌だったはずです。

しかし、今回のセカオワの『サザンカ』は、それに加えて「それを応援している人」の物語にフォーカスを当てているのです。それは歌詞を見るだけでもわかるのですが、ミュージックビデオを見るとさらによくわかります。

参考:NHKオリンピック歴代テーマソング

「サザンカ」の歌詞に込められたストーリーとは

ドアの閉まる音 カレンダーの印
部屋から聞こえる 君の泣き声
逃げる事の方が怖いと君は夢を追い続けてきた

努力が報われず 不安になって
珍しく僕に当たったりして
ここで諦めたら今までの自分が可哀想だと
君は泣いた

夢を追う君へ
思い出して つまずいたなら
いつだって物語の主人公は笑われる方だ
人を笑う方じゃないと僕は思うんだよ

誰よりも転んで 誰よりも泣いて
誰よりも君は 立ち上がってきた

僕は知ってるよ
誰よりも君が一番輝いてる瞬間を

夢を追う君へ
思い出して くじけそうなら
いつだって物語の主人公が立ち上がる限り
物語は続くんだ

嬉しいのに涙が溢れるのは
君が歩んできた道のりを知っているから

夢を追う君へ
思い出して つまずいたなら
いつだって物語の主人公は笑われる方だ
人を笑う方じゃない
君ならきっと

いかがでしょうか。オリンピックのテーマソングとしてはかなりナイーブな内容になっていると思いませんか?最初この曲を聴いた時には随分しっとりとした曲だなと違和感がありました。

オリンピックの曲ってもっと力強く壮大で疾走感ある感じがするじゃないですか。実はこれには訳があるのです。以下のブログを読んで「なるほど!そういうことだったのか」とわかりました。

Fukaseは今回のテーマで依頼を受けた時、「これは困った。こんなテーマ、自分には書けないよ」と思ってしまったらしい。

というのも、自分はスポーツをやってきたわけでもなければ、ドロップアウトしてきた側の人間だから、夢に向かって努力と挑戦を続ける人の歌なんて書けないと思ったらしい。

そこで、自身の母親に相談したところ「あなた自身は違うかもしれないけど、周りの人から見てる心配だったり頑張れって応援する気持ちは似てるものがあるんじゃないの」とアドバイスをもらい、そこからイメージを作って歌詞を書いたらしい。(セカオワ「サザンカ」歌詞の意味は?解釈と考察!

この話が本当であるなら非常に納得がいきます。なぜなら歌詞のところどころに、「側で支えている人の視点にならないとかけない」歌詞があるからです。

それは「逃げる事の方が怖いと君は夢を追い続けてきた」という点と「ここで諦めたら今までの自分が可哀想だと君は泣いた」という点です。このセリフの前には、支えている側の「無理をしなくてもいいんだよ」「あなたにはその道しかないわけじゃないんだよ」という声かけがあったと思われます。

これは実際に僕が体験したこともあるのでよくわかるのですが、夢を応援している側の人間には、「成功してほしい」「辛い顔をしている姿を見たくない」という感情があり、本人のためを思ってそういった声をかけてしまうことがあるのです。

しかし夢を追っている側からすると、それまで頑張ってきたプロセスがあるので、このタイミングで諦めてしまうとそれまでの自分の否定をすることになり、夢を諦めることがものすごい恐怖になるのです。

「成功もしていない、でもやめられない」時に、夢を追っている人はとても惨めな気持ちになります。八方塞がりだからです。でも、この時この歌詞の中の人は「誰よりも転んで、誰よりも泣いて、誰よりも君は立ち上がってきた」ことを僕は知っているし、その瞬間こそが「君が一番輝いてる瞬間」だと言っています。

つまり、「あなたは夢を叶えた時に輝くのではなく、夢を目指してなんども挑戦している時に一番輝いているんだよ。」と言っているのです。このメッセージ性こそ、これまでのオリンピックのテーマソングと一線を画すところなのです。

ミュージックビデオが胸熱!

画家を目指す神木隆之介さん(弟)と、それを側で支えるFukaseさん(兄)の日々の様子が描かれています。注目すべきは、この物語の主人公が画家を目指す弟ではなく、それを支える兄である、という点です。(兄の弟を支える姿があまりにも献身的で兄弟愛というには美しすぎるので、腐女子にはたまらない多くの人の感動を呼んでいます。)

前述のように歌詞が「支える側の視点で描かれている」ので、当然MVもそのような視点になっています。構成はシンプルで、「夢を目指してきた弟の夢がかなってよかったね」という話なのですが、大事なのは最後の最後のシーンに隠されています。

(以下、ネタバレを含むのでMVを観てからお読みください。)

ミュージックビデオに隠されているメッセージとは

成功した弟の個展に展示されていた絵の中に、かつて弟がちゃぶ台返しした兄の作ったトンカツがあります。その作品のタイトルが「後悔」。ここめっちゃ「グッ」と来るところ。その作品を見た後、家に帰ってきた兄が「泣いている」背中が描かれてMVは終わります

僕はこの最後のシーンにこそ、このうたが表現したい思いが隠されているなと感じたのです。そしてその思いは、

嬉しいのに涙が溢れるのは、君が歩んできた道のりを知っているから

という歌詞に現れているのです。なんどもくじけそうになり、その度に立ち上がってきたその道のりを知っているからこそ、成功して嬉しいはずなのに涙が出てくるのです。この2文があることによって、この歌詞の主人公が「夢を追う側」ではなく、「それを応援する側」であることを定義しているのです。

SEKAI NO OWARI 『サザンカ』は視聴者のための曲だった

冒頭の話に戻りましょう。公式のコメントでは「その側で見守り続ける人たちの物語を歌に出来たら」「応援している方々に、この曲がそっと寄り添うことが出来たら」と発表されています。

つまりこの曲は、オリンピックの選手(及び夢を目指している人)に応援メッセージを投げかけながら、その実はその周りで支えている人たちへの応援メッセージを送っているのです。

サビに「夢を追う君へ 思い出して つまずいたなら いつだって物語の主人公は笑われる方だ」と書かれているので、ここだけ見ると「夢を追う君へ」向けられて歌われている曲のように見えますが(その面ももちろんありますが)、Fukaseさんが「周りの人の頑張れって気持ち」を想定してことも考えると、この歌自体は選手たちを応援している私たちに向けられて歌われていると考えるべきでしょう。

こういう「ちょっと違った視点」こそ、SEAKI NO OWARIの「らしさ」だなぁと思った次第です。

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