俳優業からの脱却

やり方ではなく、あり方から生きる選択を

2011年3月11日、東日本大震災。多くの日本人の心に刻まれたあの震災は、僕にとっても人生の転機になりました。そこで初めて僕は、「人が簡単に死ぬ」ということを知りました。そしてその時に初めて「俳優として何をしたいのか?」という意識ではなく「自分の人生をどう生きたいのか?」という意識を持つようになりました。

浅野忠信さんと田中真弓さんに直接会ったにも関わらず、俳優の僕が芸能界で売れることを目指さない理由

あの日、浅野忠信さんと魚民で飲んだ時のことは今でも忘れられません。浅野さんは僕たちに問いかけました。「俳優として食べて行く方法が一つだけあるよ」固唾を飲んで答えを待つ僕たちに、浅野さんはこうおっしゃいました。

「明日アルバイトの辞表をだして、俳優として食べていくと決めることだよ」

あの時から僕の人生の歯車は少しずつ動き出していたのだと思います。

才能がない、という才能|自分軸が見つかるまで

スポーツでも、勉強でも、仕事でも、(恋愛でも?)、どんな分野でも何かを不得意だと感じたことはない。いつも「ある程度まで」はできる。でも、そのあとのトップ3%にいくことができない。僕の人生はいつだって偏差値60の人生だった。

「どの分野でもできるが、どの分野でも一流になれない」

「自分には才能と呼べるものがないのかもしれない」。周囲の人間が結果を出していく中で、僕はずっと才能を持つ人たちに憧れていた。

独立して、それから

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