「感謝」できるようになるためには、徹底的にナルシストになれ!

日本の教育がもたらす「減点主義」の弊害

僕は個人的には物事をポジティブに捉えられる人間だと思っている。それでも、まだまだ自分でも気づかないところで、自分をけなして傷つけてしまうことがよくある。

特に「仕事での成果が出ていない時」に起こりやすい。逆に、「仕事での成果が出ている時」は徹底的に自分を褒めてあげることができる。調子いい時だけ乗りに乗っていて元気なのだが、調子が悪くなるとひとたび発言が少なくなり、顔色が悪くなってしまうのだ。

当たり前の考え方のように思うかもしれないが、実はこの「結果が出た時にだけ自分を認めてあげられる」マインドは、うまくいかない人の典型である。

僕に限らず日本人の多くはそういうマインドを持っているんじゃないかと思う。そしてその原因は日本の教育現場の「原点主義」の評価軸にあるらしい。

日本教育においては、100点こそが最高であり、間違いをおかすたびに5点、6点と減らされていく。正しい回答には丸を、間違った回答にはバツをつけられ、足が速い方がモテ、遠くまで投げた方がすごいと評価される。「一番成績のよかった人」から順番にランク付けされ、下位に行けばいくほど批判されていく形式だ。

この教育方法で育った人間は、「うまくいくときだけ自分を褒めることができ、うまくいかない時にとことん自分を蔑む」という考え方の癖を作ってしまう。僕もバリバリの進学校にいたためか、自分でも気づかないうちにその病気にかかってしまっていた。

 

〜なんですけど、という枕詞を使ったら要注意!

言葉には無意識が投影される。僕自身も気づいたら使ってしまうのが、「〜なんですけど」という前置きだ。

僕は、自分のアポイントの成功事例を共有しようと思った時に、成約率が高いことを主張しようとしたのに、「アポの数は少ないんですけど」という枕詞を置いてしまうことがあった。みなさんにも「こっちはうまくいってないんだけど、あっちはうまくいっています」といってしまうことがないだろうか。

この枕詞こそ、「結果の出た時だけ褒められるマインド」を持っている人間のよく使う言葉だ。「うまくいってることに関しては饒舌になれるが、うまくいっていないことに関して申し訳ないと思って恐縮してしまう」人の典型である。

 

「俺ってこんなにも素晴らしい」ノートをつけ始めた。

Brida_staright / Pixabay

このことに気づけたのは、新しい習慣をスタートしたことにある。それは朝の5分間を使って「昨日、俺って素晴らしい、と思えたことを10個以上書く」というものだ。5分で10個というのは意外と簡単だ。

たくさん書くコツはとにかく幸せのハードルを下げること。「ご飯が美味しかった」「ぐっすり眠ることができた」「Netflixでみたハイキューのアニメで不覚にも感動した」などの、日常の些細な出来事に対して、それを「あぁ、こんな体験ができるなんて、なんて素晴らしいことなんだろう」と思えばいい。

ビジネスパーソンなら、時間通りに出社したこと、朝きちんと歯を磨いたこと、受付のお姉さんの笑顔が今日もとても輝いていたこと、イケメン先輩社員と同じ電車に乗れたこと、そんな些細なことでかまわない。

遠くの国のことを思えば、ご飯がおなかいっぱい食べられること、雨風をしのげる家で暖かい布団で、明日の命を不安に思わずに眠りにつけること、毎日やれる仕事があることが、どんなに素晴らしいことかよくわかる。そう思うと、毎日の当たり前が当たり前じゃなくなるので、自分の周りの豊かさに気づくことができる。

でも、僕が気づいたことはもっと違うことだった

というのは、いわゆる「感謝ノート」の建前の部分。いろんな本でも書かれているからすでに習慣化されている人もいるかもしれない。

でも僕がこれをやり始めて2習慣ほど経ってみて気づいたことは、そういう身の回りの豊かさに気づく、という趣旨からは少しずれているものだった。感謝というよりはむしろ、「結果の出た時だけ褒められるマインド」が、いかに自分の無意識を支配しているのかに気づいたのだ。

特に、「あー俺、やるべきことを全部やり切らずにドラクエやっちゃったなー」といった思考になる日に顕著に現れた。この時にはノートに「俺って素晴らしいな」と思うことを10個書くことができない。サボった自分を責めてしまうからだ。

しかし、紙に書くことでだんだんとそのその思考性に気づけるようになってきた。その瞬間、これを素晴らしいことだったと思うにはどうしたらいいのか?という発想に切り替わり、サボりが「ドラクエ最高!超楽しい!!ヤッホー!」という素晴らしい体験に変わった。

この気づきはおおきい。確かにやるべき仕事をサボってしまったことは褒められたことではないかもしれない。でもサボってしまったものはしょうがない。だったらサボった分だけ巻き返せばいいだけだ。そのためには、サボったということにフォーカスを当てるよりも、その行為そのものへの素晴らしさに視点を移動させたほうが気分がいい。

気分が良くなれば仕事しようという気にもなるし、顔にもハリが出る。結果その日のパフォーマンスも上がるだろう。

 

日々の素晴らしさに気づくことが自然と感謝の気持ちを起こさせる

そうやっていろんな出来事に(人から見たら褒められないようなことであっても)対して、いかに最高だったか、どれだけ素晴らしかったか、その点だけを見るようにする。

そうすれば、そんな素晴らしいことが体験できた自分の状態に、自然と感謝の念が湧いてくる。自分がどんなことをしても「そんなことができるって素晴らしいことじゃないか!」とナルシストになることで、自然と感謝したくなってしまうのだ。

感謝しろ、感謝しろと言われると「そんなこと言われても」と思ってしまうし、実際感謝しているようで上っ面な感じがしてしまう人にはオススメの方法だ。

ドラクエをプレイした→どうして自分は仕事に一生懸命になれないんだろう→この仕事向いてないのかも…なんて負のスパイラルになってしまうよりも、もっとナルシストになって、

ドラクエをプレイした→「超楽しい!最高!ハッピー!」→日本に生まれてよかった(感謝)。→よし、明日からも仕事頑張ろう!となったほうが人生は100倍楽しい。

もちろん、反省と改善しなければタダのアホである。反省すること自体も当たり前ではなく、素晴らしいことだ。であれば、最高にハッピーな体験もして、反省という素晴らしい体験ができたなら、そんな自分は最高にハッピーで素晴らしい自分なのではないだろうか?

もし、この記事を読んでいるあなたが「自分を責めるのが得意な人」なら、昨日の素晴らしかった俺(私)ノートをつけてみてほしい。自分の思考の癖に気づいて、もっと自分を褒めてあげられる自分になりやすくなるのではないかと思う。

最後に、かの有名なアインシュタイン先生の言葉を引用して、終わりにしたい。

cocoparisienne / Pixabay

どうして自分を責めるんですか?他人がちゃんと必要な時に責めてくれるんだからいいじゃないですか。

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川口 美樹
元々4年間俳優をやっていました。 芸能界は売れても幸せにならない世界だったので、稼ぐことと幸せになることを両立しようと、24歳の時に自分で事業を開始しました。 現在は執筆・企業研修・ワインのインポート・300人規模のイベント運営などいくつか個人でやっています。 子育てする時間も欲しいので、株式投資や不動産の分野も勉強中です。気軽にフォローしてくださいね。